お正月、初詣に出かけると、大抵は家族連れ。
お父さん、お母さん、子供達。多いところはこれにおじいちゃんやおばあちゃん、
お父さんかお母さんの兄弟姉妹らしきメンバーが連れ立って、ワイワイがやがや歩いています。
この世の中では、当たり前の光景をずーッと息子と2人で見つめながら今年も初詣の時期が来たなあと思いました。
これからの日本の子供達は、放射能汚染との闘いで生きていかなければいけない現実があるのに、
どうして、何事もなかったかのように暮らしていけますか?
セシウムばかりが注目されて「半減期があるから大丈夫」みたいに言われますが、
猛毒のプルトニウムが首都圏で検出されているという現実を、直視しなければいけない事を
忘れてはいけない・・・・
もっと最悪に怖いのは、このプルトニウムを正確に測る機械がまだ無いそうです・・・
だから・・・どれだけ洩れてて、どれだけ危険な事なのか・・・
本当のところは誰にもわからないのかも・・・・
被害の無かった西日本に住む私には、生活に直結した不便さや不自由さは感じませんが、
食品・・・例えばお米を買ったり、魚を買う時に、「どこ産だ?」がとても気になるようになっています。
また表示を段々「ほんまかなあ?」と疑ってかかるようにもなっています。
産地偽装さんて、まるで隣国のやるようなイカサマさ。
だけど、そういう事でもしないと生活していけない人達も生まれているなんて、悲劇。
野田内閣が1番力を入れてやるべきことは、まず除染。そして汚染されているがれきの処理。
但し、これは全国に撒き散らすんじゃないぞ〜!!!!
大文字の送り火の時に、陸前高田の木を燃やす燃やさないで、京都市は中止を決定して、全国から非難を浴びた
けれど、残念ながら木が汚染されていた現実がそこにあったので、燃やした灰が琵琶湖に落ちる事まで考えるのは
道理かなと思います。
琵琶湖が汚染されたら、飲料水として使っている滋賀、京都はもちろん関西は大変な事になる。
自然を破壊して来た結果が、今回の核爆発(3号機はまさにそうでしょう)につながっていると考えても、決してオーバーで極端な解釈とは
思えません。カクいう私だって、反原発派で市民運動をして来たわけでもなく、
普通に電気を使って生活して来たし、節電によって街から灯りが無くなって、経済活動もストップしているし、
「悪しき原発!」と拳を振りかざして言い切れるかと言うと、怪しい。
ただ、宇宙を大切にする気持ちを、1人1人が持てれば、必要以上のものを求めたり、資源破壊に繋がるような
事も起きず、次の世代の若者達の未来も
もっともっと明るいものに出来るように思うのですが・・・・・
原発問題は、まだ何も解決できていないという現実を、国民は忘れてはいけない。
完全に除染されるまでは、あちらこちらに散乱したままなんだと言う事を
自覚しておかないと・・・
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